前日記のよーに、仕様はマフラーのみ。。。

我慢と言う言葉が辞書に小さくしか記載されてない自分が、

いつまでもいつまでもこのまま我慢出来るわきゃあないのである。

確かこの頃にはよくあるパターンなのだが、

この出入りしていた店に就職をしたのであった。

丁稚なんで確か3ケ月は5万ぐらいだったかなぁ。。。

実家にいたし、まぁ、銭金ではないのである。

で、チーフメカのK氏にお願いして、とうとう夢のチューニング♪

もちろん支払いはローンであるw

K氏と色々相談し、決まったエンジンは…『13B-6mmブリッジ』♪♪♪

中古のAPコスモの13Bベースでローター、エキセン、フライホイールなどをバランス取り。

ポートは6mmブリッジ♪もちろんアペックスはスポーツキットのカーボン。

ウェーバーはそのままに、インマニをシグマ製から若干長いハラダ製へ。

CDIは中古を譲ってもらい、KOEIの赤×1、黒×1を。

苦労して取り付けたマフラーはタコ足から作り直し。

クラッチは…13Bのメカチューンには全然必要性のない

ジーベック製のトリプルプレートをテストで使用する事へ。。。

今考えても当時のクラッチは…くそ重いし、半クラねーしで疲れたw

それ考えると今の強化クラッチって天国だわ。。。

しかし慣れは怖いもんで、のちに渋滞もへっちゃらだったがw

仕様が決まり、後はK氏にお任せするのみ。

自分は一生懸命エンジンバラして洗浄してましたw

ポートの加工が終ったらしく見せてもらうと。。。

ピカピカのポートが完成してました♪…しかし???

『K君、このブリッジ太くないスカ?』

『あぁ、削ってたらでかくなった。8mmになったなw』

て、事で8mmブリッジポートに仕様変更となりましたwww

そして組み上げてもらい、マフラーを作ってもらい完成。。。

エンジンかかった時の感動は今でも覚えてる。

ブリッジらしいあのアイドリングに感動したものだ。。。

そして慣らしを兼ねていざゼロヨン会場へ!!!

この時はすでに鉄鋼団地のゼロヨンは潰れ、

その後に一瞬やったディズニーランド前のゼロヨンも潰れ、

会場は幕張へと移った頃である。

でも、当時の鉄鋼団地ゼロヨンは良かったなぁ。。。

マナーも良かったし、当局も来るんだけど一緒に見物してたり。。。

確か潰れた原因は、地方からマナーの悪い連中が来て、

当局と喧嘩したり事故が続いたりで結局潰れた。。。

巻き添えくらって友達が殴られた事もあったっけなぁwww

ディズニーの頃にはガラの悪い連中も結構来てたっけ。。。

なんだっけなぁ、あのステッカー。。。あ!デビルレーシングだwww

今では○JAPANだっけ?○○さんw

現在進行形でガラ悪い!ウヒャヒャヒャヒャ

で、話を戻し、いざ幕張へ~~~~♪

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3代目SA22Cになり、ショップにも通い始め、

徐々にチューニングの知識も付いてきた。。。

でも相変わらず懐は寒いので、車に進展は無しw

ゼロヨン行くにもチルトカウルのSAの助手席で行く程度。

このチルトSAのエンジンは13Bのサイドポート加工。

でも…この車速かったよなぁ~。。。

他のショップのサイドポート同士なら負けなかったし、

中途半端なブリッヂやペリだったら余裕で勝てたしね。

なので目標は、自分の車でこの車に勝つ事だったっけ。

でも当分先の話だなぁ~…だって先立つ物無いもんw

まぁ、その間、自分でやれるコトは自分でやってみっかと。

まずは先輩からタコ足からのフルセットのマフラーを譲ってもらった。

とりあえずこのぐらいは自分で出来るかな?とやってみたが…

大変苦労しましたw

日曜早朝の13号ゼロヨンにこのマフラーを付けて行きたいと思い、

土曜の昼から家の前で作業開始。

家の前は普通の道だったんだけど、バイク乗ってた時から

我が物顔で封鎖したりして使ってたし。(オレサマノミチダトオモッテタw)

しかし…考えが甘かった。。。

工具は車載工具ぐらいしか持ってないし、

ジャッキも自分の車載のと友人から借りた車載ジャッキ。。。

作業はなかなか進まず時間が経つばかし。。。

やっとエキマニ以降のマフラーは外せたがエキマニが外せない。。。

すでに辺りは暗くなってきたし…

後輩に連絡して、工事現場で使うカンデラを設置してもらい

作業は真夜中へと進んでいく。。。

途中で、そのカンデラが明るくて眠れないって苦情が入ったらしく

当局が来たので1時間程度休憩。。。

休憩後、スパナ1本で根性でエキマニを外した♪

後から聞いたのだが、そのエキマニは専用工具が無いと

外れないらしいwよくスパナで外したなと言われたっけかw

やっとの事で朝の6時ぐらいに作業終了したっけなぁ。。。

今考えるとマフラー変えるのにどんだけ掛かったんだって話だw

しかし、中古だったのでガスケットが無い!が、まぁ良いかと。

そのまま晴れて13号早朝ゼロヨンへと。

さて、タコ足の実力はどんなもんだ?と、友人のSAとやってみた。

(このSAも13Bサイド)えぇ、もちろん負けましたよ?

しかし、前のSAよりは確実に速い!(セッティング適当なのに…)

改造してくと速くなるのだと勝手に思った出来事だった。

そー言えば、ガスケット無くて排気漏れしてるんだったと思い、

ガスケットを買いに行ったっけ。

先輩の話では、このマフラーは『RE雨宮』製って事だった。

なので生まれて初めてRE雨宮に行ったっけ。

出てきたのは雑誌でよく見かけた雨サンと当時いた浜本サン。

マフラー見てもらったら雨サン曰く『ウチのマフラーじゃねぇ』www

クソー、適当なコト言いやがったな、あのクソ先輩!

後日K氏に見てもらったら『RSK』のマフラーなのが判明した。。。

『RSK』って言われても知らないよねw有名だったんだけどね。

まぁ、雨サンと話出来たから別に良いか。。。

なんて感じな日々を送ってた頃であった。。。

※写真はまだ買ったばかりの頃のSA。
KAMEI製のスポイラーなんて珍しい。。。
確かドイツ製だっけか???

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今日は色々依頼されてたFDが無事納車♪

ウチのFDのエアロやホイルもこの車に嫁入り。。。

写真で見ると同じ白に見えるし、

何だかそのままウチのFDみたいだ。。。

大切に乗ってねぇ( ´・ω・`)ノ~

さて、部品取りのよーになった外見のウチのFDの復活はいかに?(汗)

エンジンオーバーホールだけでなくエアロもやり直しか…(´・ω・`)

い・つ・に・な・る・や・ら…( =Д=)

ココ最近、やたらと高くなったローターハウジング。。。

今なんか税込¥63,105-だもの…

前後だと¥126.210-…

出来るだけコストを下げたいお客さんには厳しいよね。。。

こんなご時世だしねぇ。

昔なんか2万ぐらいだったのに…イツノハナシダw

ロータリーは壊れてもオーバーホールが安いがイメージなのに、

こんだけハウジングが値上がるとねぇ。。。

アペックスも3ピースへ加工する金額も上乗せされるわけだし。。。

なんとかならんものか?と思ってたら朗報が♪

ガッツリ傷が入ってんのはダメだけど、

小さい傷程度ならば表面加工して消せそうらしい?

フリクションロスも低減出来そうな加工みたい。

これが使えればオーバーホールのコストダウンにもなるし♪

まずは加工後、テストして後日報告を~。

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前回の日記で書いたよーに傷心の自分w

そんな時、地元の先輩に『カーショップ行くから付き合え』と。

そしてそこで衝撃の車とご対面。。。

それはデ・トマソ・パンテーラ!!!

パンテーラはスーパーカーブームの世代な自分は何度か見た事はある。

しかし…素人目でみても何だかすごいのがわかった。。。

室内は全部アルミ板になってるし外見は横幅えらく広いし、

リトラは埋められててライトが下にしかないし。。。

おぉ~~~~~~!!!スゲー!!!って大興奮w

工場の中もパンテーラばっか!!!スゲースゲーって感じだったなぁ。

そこが近い将来、自分の働き場所になるとは思わなかったw

パンテーラにばかし目が奪われたが、SA22Cも何台か。。。

その中でも一際目立ったのが、『車検』って日記に出てきた

チルトカウルのSA22C。これにも衝撃を受けた記憶がある。

だって、前が全部ガバッと開くのよ?

そんなのスーパーカーでもミウラぐらいしか記憶なかったもの。。。

とても同じSA22Cとは思えなかったねぇ。

そのSAを友人が購入する事になった縁で、

自分もそこに通い始める事となった。

2代目マイカーを友人に売却し3代目マイカーのSAを、

当時のその工場のチーフメカニックK氏の後輩から譲ってもらった。

この車からチューニングの世界にドップリはまる事となる。

でも…何でSAをわざわざ買い換えたのか今では謎???

3代目マイカーも2代目とそんな大した差はなかったよーな???

年式がS54年だから1年新しいぐらいでエンジンもノーマル。。。

タコ足も入ってなくてマフラーのみで同じ感じ。。。

唯一ウェーバーのダンドラになってたぐらいだったよーな。。。

ボディーが赤/黒ツートンに惚れたのか、サンルーフが付いてたからなのか?

何でだろ?w後々にサンルーフのおかげでロールバーは入らないし、

室内が茶色の本革でカッコ悪いしw

何はともあれ、このSAで本格的にチューニングの世界にはまってくのだった。

※写真は衝撃を受けたパンテーラ。
RRCや東名レースで活躍してた。。。